2008年10月02日
白國神社
白國神社
祭神:神吾田津比賣
兵庫県姫路市白国字山田691
例祭 2008年10月8日(水)〜2008年10月9日(木)
今を去る千七百年の昔、景行天皇の皇子(稲背入命)が、大和から当地
(白國)へ下向された時に宮殿を構えて統治された。孫の阿曾武命の妃
(高富媛)が出産のおり大変苦しまれ、命は白幣を山の峰に立て一心に、
安産を祈願されたところ、このはなさくやひめ(木花咲耶媛)が、忽然と
現れ『私が永くこの地に留まり婦人を守護し安産させましよう』とお告げに
なり、白幣が高く舞い上がり、命が館へ帰られると妃が無事男児を出産さ
れたといわれます。その神徳を感謝され倉谷山の麓にこのはなさくやひめ
(木花咲耶媛)を祭られたのが、白國神社の創立であると、伝承されてい
ます。
祭神:神吾田津比賣
兵庫県姫路市白国字山田691
例祭 2008年10月8日(水)〜2008年10月9日(木)
今を去る千七百年の昔、景行天皇の皇子(稲背入命)が、大和から当地
(白國)へ下向された時に宮殿を構えて統治された。孫の阿曾武命の妃
(高富媛)が出産のおり大変苦しまれ、命は白幣を山の峰に立て一心に、
安産を祈願されたところ、このはなさくやひめ(木花咲耶媛)が、忽然と
現れ『私が永くこの地に留まり婦人を守護し安産させましよう』とお告げに
なり、白幣が高く舞い上がり、命が館へ帰られると妃が無事男児を出産さ
れたといわれます。その神徳を感謝され倉谷山の麓にこのはなさくやひめ
(木花咲耶媛)を祭られたのが、白國神社の創立であると、伝承されてい
ます。
2008年09月29日
播磨国総社
射楯兵主神社(いたてひょうずじんじゃ)
兵庫県姫路市総社本町190
祭神 射楯大神・兵主大神
霜月例大祭 播磨国総社となった11月15日を祝って行われる。姫路祭とも。神幸祭で神輿が巡幸する。
一ツ山大祭の臨時祭で20年に1度斎行される。高さ18m直径10mで5色の布を巻いた五色山と呼ばれる置き山を造り、その最上部に山上殿を設け、それを依り代として神の降臨を仰ぐのが一ツ山大祭である。
三ツ山大祭では、五色山に加え、その東側に二色山、西側に小袖を飾った小袖山が並ぶ。一ツ山と同じように、3つの造り山に神の降臨を仰ぐ。

車いすの方は石畳のため走りにくいです。石畳に隙間の広い所がある野で注意してください。
正面入り口は、階段の為左側入り口から入ってください。
兵庫県姫路市総社本町190
祭神 射楯大神・兵主大神
霜月例大祭 播磨国総社となった11月15日を祝って行われる。姫路祭とも。神幸祭で神輿が巡幸する。
一ツ山大祭の臨時祭で20年に1度斎行される。高さ18m直径10mで5色の布を巻いた五色山と呼ばれる置き山を造り、その最上部に山上殿を設け、それを依り代として神の降臨を仰ぐのが一ツ山大祭である。
三ツ山大祭では、五色山に加え、その東側に二色山、西側に小袖を飾った小袖山が並ぶ。一ツ山と同じように、3つの造り山に神の降臨を仰ぐ。
車いすの方は石畳のため走りにくいです。石畳に隙間の広い所がある野で注意してください。
正面入り口は、階段の為左側入り口から入ってください。
2008年09月28日
浜の宮天満宮
浜の宮天満宮は、もと宮町にあり、慶長年間に池田輝政が米蔵を建てるため現在の地に移したといわれている。当時、神社の南側は松林が広がり、近くまで海が迫っていたようだ。境内には燈籠.狛犬.常夜燈など江戸期の石造品が多くあり、社殿横の石灯籠は、1699年(元禄12年)のものだという。境内に漁業関係者の銘が多く見られる。 )のものだという。境内に漁業関係者の銘が多く見られる。
秋季例大祭10月8、9日 続きを読む
2008年09月27日
恵美酒宮天満神社
1281年(弘安4年)創建と伝えられる恵美酒宮天満神社は、恵美酒宮(戎宮)とも呼ばれ、飾磨津(飾万津)発祥の頃から事代主命を祭神とし、漁猟の神、航海安全の神として恵美酒・細江の里人たちから崇められてきました。
恵美酒宮天満神社秋季例祭・秋まつりは、屋台下の泥台を肩に乗せる「台場練り」が迫力のある見所です。
秋季例大祭 10月8日~9日 続きを読む
2008年09月26日
魚吹八幡神社
魚吹八幡神社(うすきはちまんじんじゃ)
姫路市網干区宮内193
祭神は息長足姫命、品陀和気命、玉依比売命。創建年代については、仁徳天皇7年、神亀2年説や「峰相記」の貞観2年説などあります。平安時代末期に石清水八幡宮の別宮となり、魚吹八幡神社と呼ばれるようになりました。網干津にあるので、俗に「津の宮」とも呼ばれています。祭礼としては、元旦の千本突きや7月14日の千灯祭、10月21、22日の秋祭り「津の宮の提灯まつり=網干まつり」が有名。
境内は砂利を引き詰めているので車いすは行動しにくいです。


魚吹八幡神社楼門/江戸時代(1600年代)建立 兵庫県指定建造物文化財


魚吹八幡神社摂社敷島神社本殿/正保2年(1645年)建立 兵庫県指定建造物文化財

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姫路市網干区宮内193
祭神は息長足姫命、品陀和気命、玉依比売命。創建年代については、仁徳天皇7年、神亀2年説や「峰相記」の貞観2年説などあります。平安時代末期に石清水八幡宮の別宮となり、魚吹八幡神社と呼ばれるようになりました。網干津にあるので、俗に「津の宮」とも呼ばれています。祭礼としては、元旦の千本突きや7月14日の千灯祭、10月21、22日の秋祭り「津の宮の提灯まつり=網干まつり」が有名。
境内は砂利を引き詰めているので車いすは行動しにくいです。
魚吹八幡神社楼門/江戸時代(1600年代)建立 兵庫県指定建造物文化財
魚吹八幡神社摂社敷島神社本殿/正保2年(1645年)建立 兵庫県指定建造物文化財
2008年09月25日
英賀神社
姫路市飾磨区英賀宮町2丁目70
御祭神 英賀彦神・英賀姫神・天満天神・春日大神・八幡大神
当社は国史見在社にして、播磨国風土記によれば、713年に伊和大神の御子英賀彦神.英賀姫神は、祖神の命により当地を本拠として播磨灘沿岸地域を開拓創始し、庶民安堵の国土を修理固め成された総産土大神であります。ゆえに古くより英賀国主大神として祀り、元慶5年(881年)神位従5位下に昇叙され、国司武将を始め衆庶は、創業開発の神、縁結びの神と仰ぎ尊信の誠を捧げました。三木通近が英賀城主となり、領内発展の興隆にあたり、嘉吉3年(1443年)天満天神.八幡天神.春日天神を勧請鎮祭して、領内の総氏神とあがめ、大いに治績を挙げ播陽の重鎮となった。以来歴代の城主は、祭祝盛儀を尽くし、社殿は荘厳華麗を極めました。天正8年2月(1580年)、羽柴秀吉は英賀城攻略に際し、特に当社に除火の令を出して敬神の誠を致した。かかる由緒ある神社のため、明治4年社格制定に当たり郷社に列せられ、同13年県社に昇格した。その後、氏子並びに崇敬者は古来の歴史と伝統を護持して現在に至りました。(神社前看板:姫路市教育委員会)
秋季例祭 10月17日、18日

微妙な段差が多く車いすはかなり走りにくいので要注意
御祭神 英賀彦神・英賀姫神・天満天神・春日大神・八幡大神
当社は国史見在社にして、播磨国風土記によれば、713年に伊和大神の御子英賀彦神.英賀姫神は、祖神の命により当地を本拠として播磨灘沿岸地域を開拓創始し、庶民安堵の国土を修理固め成された総産土大神であります。ゆえに古くより英賀国主大神として祀り、元慶5年(881年)神位従5位下に昇叙され、国司武将を始め衆庶は、創業開発の神、縁結びの神と仰ぎ尊信の誠を捧げました。三木通近が英賀城主となり、領内発展の興隆にあたり、嘉吉3年(1443年)天満天神.八幡天神.春日天神を勧請鎮祭して、領内の総氏神とあがめ、大いに治績を挙げ播陽の重鎮となった。以来歴代の城主は、祭祝盛儀を尽くし、社殿は荘厳華麗を極めました。天正8年2月(1580年)、羽柴秀吉は英賀城攻略に際し、特に当社に除火の令を出して敬神の誠を致した。かかる由緒ある神社のため、明治4年社格制定に当たり郷社に列せられ、同13年県社に昇格した。その後、氏子並びに崇敬者は古来の歴史と伝統を護持して現在に至りました。(神社前看板:姫路市教育委員会)
秋季例祭 10月17日、18日
微妙な段差が多く車いすはかなり走りにくいので要注意
2008年09月24日
津田天満神社
津田天満神社
姫路市飾磨区構912
延喜元年(901)太宰権師に左遷された菅原道真(菅公)が「津田の細江」で船のとも網を敷物のかわりとして休息したことから、後に氏宮に菅公を主神として祀ったという。綱敷天神ともいう。永仁六年(1298)、嘉吉(1143)の社殿再建を伝え、往時は社地広大であったが、天正8年(1580)羽柴秀吉の英賀城攻めで消失し、現在地に再建されたという。当社東方の思案橋西のたもとに史跡菅公小憩伝説地があり、大正13年石標と昭和37年安置の菅公坐像がある。
津田天満神社太鼓
神社例祭は10月8日に行われますが、屋台、神輿の練り出しは土・日に行われます。10月11日12日
境内に彼岸花が咲いていました。
2008年09月23日
松原八幡神社 灘のけんか祭り
松原八幡神社
兵庫県姫路市白浜町甲399
主祭神 品陀和気命、息長足姫命、比咩大神
灘のけんか祭りで有名な神社です。
10月14・15日に、姫路市白浜町の松原八幡神社で行われる秋季例祭の名称である。「灘まつり」は、また「灘のけんか祭り」とか、「妻鹿のけんか祭り」とも呼ばれ、古めかしい神輿をぶつけ合う特殊な神事によって、天下の奇祭だとか、全国の数ある「けんか祭り」の中でも最大規模の祭りであるといわれ、すでに戦前から播磨を代表する祭りとして知られていた。
松原八幡神社は中殿に品陀和気命(ほんだわけのみこと)左殿に息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)右殿に比 大神(ひめおおかみ)の御祭神をまつっており、その発祥の御由緒は、天平宝字7年発卯4月11日(西暦763)豊前国宇佐神宮より当白浜町の西部の松原村へ奉迎され、天皇の御祈願所とされたと伝えられている。
姫路市の南東部海岸地域のうち、現在の地名でいえば、東山(旧東山村)・八家(旧八家村)・木場(旧木場村)・白浜町(旧宇佐崎村・旧中村・旧松原村)・飾磨区妻鹿(旧妻鹿村)の7地域、旧7カ村が灘祭りに参加する地域である。

寺院風の楼門。1679年に建てられたもので、姫路市指定文化財となっています。

9月28日 だんじり 屋台入魂式が実施 されます
兵庫県姫路市白浜町甲399
主祭神 品陀和気命、息長足姫命、比咩大神
灘のけんか祭りで有名な神社です。
10月14・15日に、姫路市白浜町の松原八幡神社で行われる秋季例祭の名称である。「灘まつり」は、また「灘のけんか祭り」とか、「妻鹿のけんか祭り」とも呼ばれ、古めかしい神輿をぶつけ合う特殊な神事によって、天下の奇祭だとか、全国の数ある「けんか祭り」の中でも最大規模の祭りであるといわれ、すでに戦前から播磨を代表する祭りとして知られていた。
松原八幡神社は中殿に品陀和気命(ほんだわけのみこと)左殿に息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)右殿に比 大神(ひめおおかみ)の御祭神をまつっており、その発祥の御由緒は、天平宝字7年発卯4月11日(西暦763)豊前国宇佐神宮より当白浜町の西部の松原村へ奉迎され、天皇の御祈願所とされたと伝えられている。
姫路市の南東部海岸地域のうち、現在の地名でいえば、東山(旧東山村)・八家(旧八家村)・木場(旧木場村)・白浜町(旧宇佐崎村・旧中村・旧松原村)・飾磨区妻鹿(旧妻鹿村)の7地域、旧7カ村が灘祭りに参加する地域である。
寺院風の楼門。1679年に建てられたもので、姫路市指定文化財となっています。
9月28日 だんじり 屋台入魂式が実施 されます